マズルカはポーランドの民族音楽で、3拍子形式だが独特のリズム感を持っている。
外人に演歌が分かるか、という(時代錯誤的?)フレーズが物語るように、
(というか自分にも演歌はちっとも分からない)
その土地ならではの音楽を理解するのが難しいというのが一般的なイメージで、
臆病な私はいくつか好きな曲がありつつも、マズルカはこれまで弾いたことがなかった。
現在、ショパンのマズルカOp.50-3を練習しているのだが、今まで弾いた曲にはない
イメージを強く持った。ショパンといえば、なんとなく洗練され、優美な音楽、
いかにもお金持ちのサロンで演奏されるイメージが強かったのだが、
マズルカのメロディはもう少し素朴で素直な心情が表れているように思った。
センチメンタル、というよりノスタルジーに近いだろうか。
ショパンは革命以後、死ぬまで母国に帰ることはかなわなかった。
そんな彼の心の内が表れているのだろうか。ともかく素敵な曲だと思う。
それにしても、自分はなぜ望郷、過去を想うような曲が好きなのか。
基本的なスタンスは常に前しか見ていないつもりなのだが。。。
2008年2月3日日曜日
2008年1月19日土曜日
role
今日は妻が実家に行って家にいない。
久しぶりの誰もいない家への帰宅に、少し戸惑った。
正直、これまで一人暮らしをしていて、誰もいない家に
帰宅することに寂しいと思ったことは一度もない。
今感じる想いに理由を求めると、roleと言う言葉が
思い浮かんだ。
人生を舞台に例えた人がいたが、生きていれば人は
様々な役割を背負うことになる。
昨年、私は「夫」という役割を得たが、これまでそこまで
その役割をそこまで強く感じることはなかった。
妻の不在が夫としてのroleを鮮明に私に指し示したと言える。
roleが増えれば、当然、それにかけられる時間も細分化される。
しかし、これから自分の持つ仕事や課題に向かうにつれ、より様々な
厳しさが襲ってくるように思うが、そんな時自分をどこかで
救うのは、私の持つ舞台における別人格であるような気がしてならない。
久しぶりの誰もいない家への帰宅に、少し戸惑った。
正直、これまで一人暮らしをしていて、誰もいない家に
帰宅することに寂しいと思ったことは一度もない。
今感じる想いに理由を求めると、roleと言う言葉が
思い浮かんだ。
人生を舞台に例えた人がいたが、生きていれば人は
様々な役割を背負うことになる。
昨年、私は「夫」という役割を得たが、これまでそこまで
その役割をそこまで強く感じることはなかった。
妻の不在が夫としてのroleを鮮明に私に指し示したと言える。
roleが増えれば、当然、それにかけられる時間も細分化される。
しかし、これから自分の持つ仕事や課題に向かうにつれ、より様々な
厳しさが襲ってくるように思うが、そんな時自分をどこかで
救うのは、私の持つ舞台における別人格であるような気がしてならない。
2008年1月6日日曜日
ピアノ初め
今年は激しい1年になりそうだが、ピアノもそれなりにやっていかなくては。
ということで、今年最初の練習曲目は下記のようになった。
・バッハ:フランス組曲第5番より何曲か
・ショパン:マズルカ第32番
・ドビュッシー:映像第1集より「水の反映」
最近好きな音楽の範囲が徐々に広がってきていて、それを反映しているような気がする。
ピアノを通じて、テクニックは基本的な体の使い方と文化の理解の上でようやく自然な形で成立させうるということを改めて感じている。
心技体とは本当によく言ったものだと思うが、どれかが偏っていると、得意な部分もそれ以上伸びない気がする。
自分の仕事について言うなら、
心:思想
技:手法
体:経験
だろうか。
30歳に向けて、エンジニア、ビジネスマンとしての体をさらに鍛え、
研究という方法論を通して自分なりの技を磨き、
周囲や自分と向かい合うことで自分の心の向かうところを定めていきたいと思う。
ということで、今年最初の練習曲目は下記のようになった。
・バッハ:フランス組曲第5番より何曲か
・ショパン:マズルカ第32番
・ドビュッシー:映像第1集より「水の反映」
最近好きな音楽の範囲が徐々に広がってきていて、それを反映しているような気がする。
ピアノを通じて、テクニックは基本的な体の使い方と文化の理解の上でようやく自然な形で成立させうるということを改めて感じている。
心技体とは本当によく言ったものだと思うが、どれかが偏っていると、得意な部分もそれ以上伸びない気がする。
自分の仕事について言うなら、
心:思想
技:手法
体:経験
だろうか。
30歳に向けて、エンジニア、ビジネスマンとしての体をさらに鍛え、
研究という方法論を通して自分なりの技を磨き、
周囲や自分と向かい合うことで自分の心の向かうところを定めていきたいと思う。
2008年1月2日水曜日
新年
毎年年始は箱根駅伝をテレビ観戦するのが楽しみだが、
甲子園にせよ、箱根にせよ、出場機会の限られた試合というのは
非常に見てて面白いと思う。
おそらく、出場選手たちの一種の悲壮感に近い必死さ、今この時に
全力を傾ける様子や、未熟であるが故、より運に左右されるドラマティックさが
観客にとってこの上ないエンターテイメントであるのではないだろうか。
そういう意味では、彼らの必死さとほど遠いお茶の間での観戦は
ある種悪趣味とすら思える。その後味の悪さすら、きっと観客のスパイスなのだろう。
甲子園にせよ、箱根にせよ、出場機会の限られた試合というのは
非常に見てて面白いと思う。
おそらく、出場選手たちの一種の悲壮感に近い必死さ、今この時に
全力を傾ける様子や、未熟であるが故、より運に左右されるドラマティックさが
観客にとってこの上ないエンターテイメントであるのではないだろうか。
そういう意味では、彼らの必死さとほど遠いお茶の間での観戦は
ある種悪趣味とすら思える。その後味の悪さすら、きっと観客のスパイスなのだろう。
2007年10月21日日曜日
ブラシ
いいコートを手に入れるにはいいブラシとの出会いが必要なのだそうだ。
まだたいしたコートは手に入らないけれど、いいブラシをいただいた。
いずれいいコートが手に入るまで、今の服とブラシを大切に使おう。
まだたいしたコートは手に入らないけれど、いいブラシをいただいた。
いずれいいコートが手に入るまで、今の服とブラシを大切に使おう。
2007年9月8日土曜日
ピアノ
ここ1ヶ月ぐらい余裕がなくてピアノをさぼってましたが、
明日久しぶりにレッスンを受けるので、もう一度仕切り直しです。
演奏会に誘われたので、スケルツォは一端止めて、昔やったショパンのバラード2番を
もう一回練習しようかと。
少しはましになるだろうか。
明日久しぶりにレッスンを受けるので、もう一度仕切り直しです。
演奏会に誘われたので、スケルツォは一端止めて、昔やったショパンのバラード2番を
もう一回練習しようかと。
少しはましになるだろうか。
2007年9月7日金曜日
2007年9月3日月曜日
ラフマニノフ/ピアノソナタ第2番
最近、室内楽曲やオケ曲を聞くようになって、
少し構造の大きな曲を聞くのに慣れてきた気がします。
そんな折に、久しぶりにラフマニノフのピアノソナタ第2番を聞いたのですが、
頭の中を駆け巡って眠れないぐらいの衝撃を久しぶりに受けました。
曲から感じたインスピレーションを一言で表現するなら「reminicence」でしょうか。
激しい後悔と狂おしいまでの懐古。
妻曰く、「どんなにいい曲だと思っても、こんな想いをするようなことをしてはだめよ」と。
おっしゃる通り。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ピアノソナタ第2番_(ラフマニノフ)
少し構造の大きな曲を聞くのに慣れてきた気がします。
そんな折に、久しぶりにラフマニノフのピアノソナタ第2番を聞いたのですが、
頭の中を駆け巡って眠れないぐらいの衝撃を久しぶりに受けました。
曲から感じたインスピレーションを一言で表現するなら「reminicence」でしょうか。
激しい後悔と狂おしいまでの懐古。
妻曰く、「どんなにいい曲だと思っても、こんな想いをするようなことをしてはだめよ」と。
おっしゃる通り。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ピアノソナタ第2番_(ラフマニノフ)
2007年3月22日木曜日
2007年3月21日水曜日
構造化されたものの理解力に対する過信
我々はしばしば、構造的に整理された情報に対して過度の自信を抱く。
人間の理解力には限界があり、一定以上の規模となった情報はいかに構造化され、
整理されようともそれを全て理解するのは非常に困難である。
(今日的ではないが)百科辞書を並べて偉くなったきになるのはその典型だろう。
我々はしばしば、曖昧な情報、表象に対し過度の不安を抱く。
我々は複雑な計算などしなくとも、人と楽しく会話を楽しめるにも関わらず。
例えば遺伝のシステムは、厳密に計算された曖昧さを備えている。
バラバラになった個を有機的に支え続けるのは、厳密な階層や構造ではなく、
曖昧な思いや考えかもしれない。
人間の理解力には限界があり、一定以上の規模となった情報はいかに構造化され、
整理されようともそれを全て理解するのは非常に困難である。
(今日的ではないが)百科辞書を並べて偉くなったきになるのはその典型だろう。
我々はしばしば、曖昧な情報、表象に対し過度の不安を抱く。
我々は複雑な計算などしなくとも、人と楽しく会話を楽しめるにも関わらず。
例えば遺伝のシステムは、厳密に計算された曖昧さを備えている。
バラバラになった個を有機的に支え続けるのは、厳密な階層や構造ではなく、
曖昧な思いや考えかもしれない。
2007年3月18日日曜日
構造の生成と崩壊、そして
芸術の世界では、構造の生成と成長、そしてその崩壊が顕著に見られる。
音楽で言うなら、構造が主体のバロックの世界から骨の上に柔軟な肉付けを
許されたロマン派へと移り、近代に移ると次第に骨がゆらぎ、ばらばらになり、
今日における現代音楽では骨と肉の境目すら分からない状態になっている。
興味深いのは絵画の世界でもほぼ同時代に同じ傾向が見られることだろう。
世界情勢においても、今日単一のルールに基づく、もしくは単一の国家が
主体となった秩序形成は既に不可能となってきている。
日本社会も一度崩壊した秩序の上に強力な構造体の形成と共通の価値観を
形成することによって繁栄を果たしたが、その目的意識の薄れと共に
既存の秩序の崩壊が進行している。
モノ作りの世界においても、既に構造の設計、管理は人の手に負えないもの
となってきており、品質の危機が叫ばれる要因の1つともなっている。
人間は混沌と秩序の狭間に生きる存在だが、混沌に振れた状態から
新たな秩序が必要とされている。果たしてその形はいかにあるべきか。
音楽で言うなら、構造が主体のバロックの世界から骨の上に柔軟な肉付けを
許されたロマン派へと移り、近代に移ると次第に骨がゆらぎ、ばらばらになり、
今日における現代音楽では骨と肉の境目すら分からない状態になっている。
興味深いのは絵画の世界でもほぼ同時代に同じ傾向が見られることだろう。
世界情勢においても、今日単一のルールに基づく、もしくは単一の国家が
主体となった秩序形成は既に不可能となってきている。
日本社会も一度崩壊した秩序の上に強力な構造体の形成と共通の価値観を
形成することによって繁栄を果たしたが、その目的意識の薄れと共に
既存の秩序の崩壊が進行している。
モノ作りの世界においても、既に構造の設計、管理は人の手に負えないもの
となってきており、品質の危機が叫ばれる要因の1つともなっている。
人間は混沌と秩序の狭間に生きる存在だが、混沌に振れた状態から
新たな秩序が必要とされている。果たしてその形はいかにあるべきか。
2007年3月16日金曜日
2007年3月11日日曜日
2007年2月17日土曜日
人を大切にしない社会
失われた10年、第2新卒、派遣。
人を大切にしなくなったこの国はいずれどうしようもない
状況になる。
人の問題は、10年20年の時間遅れを経て、解決しがたい
問題として浮かび上がってくるのだと、気づかなければ。
人を大切にしなくなったこの国はいずれどうしようもない
状況になる。
人の問題は、10年20年の時間遅れを経て、解決しがたい
問題として浮かび上がってくるのだと、気づかなければ。
2007年2月16日金曜日
2007年2月5日月曜日
問題はいつもゆっくり近づいてくる
問題は「問題と認識される」ことによって初めて問題になる。
インパクトのある出来事がある、もしくは、問題となりうる現象に
名前がつけられることによって、初めて問題は生まれる。
まだ質の低い新技術を戦略的に投資しないことによって、気がついた時には
大きな競争力の差という問題として浮かび上がることもあれば、
気温が徐々に上昇していくのはいかがなものかと話していたら、
伝染病や大気変動、食料危機や水不足など、人類の存亡を揺るがす
大きな現象が次々と襲いかかることもありうる。
問題はいつもゆっくり近づいてくる。
インパクトのある出来事がある、もしくは、問題となりうる現象に
名前がつけられることによって、初めて問題は生まれる。
まだ質の低い新技術を戦略的に投資しないことによって、気がついた時には
大きな競争力の差という問題として浮かび上がることもあれば、
気温が徐々に上昇していくのはいかがなものかと話していたら、
伝染病や大気変動、食料危機や水不足など、人類の存亡を揺るがす
大きな現象が次々と襲いかかることもありうる。
問題はいつもゆっくり近づいてくる。
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